2010年4月25日日曜日

苦しいときは上り坂、楽なときは下り坂

4月分の『コトノハ フォレスト』をお届けします。
今日は2週続いてのゲスト、むらさきのうえ♪さんともご一緒。しかもNOSSA氏とはお正月以来かいな。













さて本日のコトノハは、

苦しいときは上り坂、
  楽なときは下り坂。


3月まで一緒に仕事をしていた同僚のゆかりさんから聞いたコトノハです。1年間の出向をすることになり激励会を開いたとき、あまりに感激したので箸袋にメモしてしまいました。ネット上ではずいぶん有名なことばのようですね。

NOSSA氏の締切に追われる作曲作業は大変なようですよ(会う度やつれていくんです)。ふじさんも締切間際の作業にはよくうなされます。そんな「苦しいとき」って、どんなときでしょう? ふじさんは、
  「何かに本気でチャレンジしている時」
  「真剣に何かを成し遂げようとしている時」 だと思うんです。
「産みの苦しみ」ということばがありますが、本気になっていなければ味わうことはできないでしょう。

一方「楽なとき」・・・ 「簡単だなあ」「大丈夫、大丈夫」「楽勝だよ」なんて思っているときに限って、私たち(特にふじさんは得意ですが)はケアレスミス、イージーミス、慢心が起こりやすいですよね。


では苦しい「上り坂」と楽な「下り坂」、どっちを選ぶのがいいんでしょう?
本気になっているときの自分と向かい合える、汗だくでハアハアいいながら進んでいる上り坂を選んでみたくはないでしょうか。

でも「上り坂」 を登り切ったときって、何事にも代え難い爽快感がありますよね。
だからこそ、どうせ苦しい上り坂、しかめっ面しないでワクワクしながら上っていきたいですよね。 

2010年3月28日日曜日

チャンスは準備している者に訪れる

Rita-iotaのポーザテンポ、NOSSA氏の代打を6週続けて担当しているふじさんです。6週間、毎週続けて番組タイトルをRitaさんと一緒にコールしていると、Rita-iotaがRita+ふじさんなのではないかと思っているリスナーさんが増殖して・・・んなわけないですよね。

そんなお馬鹿な話は置いときましょう。
今月のコトノハは、

チャンスは準備している者に訪れる

弥生3月、この時期ってまさに新しいチャンス・機会(opportunity)の時ですよね。
「チャンス」と言えば、「ピンチはチャンス」とか「困難の中にチャンスがある(アインシュタイン)」「チャンスは鳥の如し(シラー)」などと沢山の言葉に思い当たります。

チャンスは準備している者に訪れる」 これはフランスのルイ・パスツールの言葉だそうです。
準備をしていれば、100%とは言わないまでも、かなり高いレベルの成果を導き出すことができます。例えば野球少年が毎日素振りやキャッチボールをすること、それこそがチャンスをものにするプロセスと言えます。(ふじさんも一度だけ、小学生の時にホームランを大会で打ちました。8番ライトでしたが、すぶりだけはがんばっていた気がします。) 

チャンスは誰にも平等に巡ってくる」ということばもあるそうですが、 下を向いていたのではチャンスが自分の方にやってきてくれたことすら気がつくことができません。チャンスは誰にも平等に巡ってくるけれど、準備をしていなければチャンスをものにすることができないというわけです。

「チャンスはしている」とはRitaさんの言葉。そう、チャンスは誰にでもあるのです。だからこそ、日々の準備をしっかりしていきたいものです。

2010年1月31日日曜日

楓は霜を経て紅葉し、梅は雪を経て香る

2010年に入りまして、Rita iotaのPausa Tempoが30分番組になりました。そのため「コトノハ フォレスト」は、隔週放送から4週に一度のオンエアとなります。これからもよろしくお願いします。

さて1ヶ月ぶりとなりました今日のコトノハは…中国の現代小説の中からご紹介しました。



楓は霜を経て紅葉し
梅は雪を経て香る
雪の中の玉はきっと寒さに耐える!

中国の現代文学を代表する女流作家の一人である瓊瑶(チョンヤオ)さんの小説『寒玉楼』に出てくる言葉をご紹介しました。中国ではこのように、例えを詩的につかいますね。

舞台は1910年の北京。王族の女性と家来の男性の間に芽生えた恋が、その身分故に引き裂かれてしまうシーンで、二人が交わした言葉がこれなんです。(ラジオではこんな「禁断の恋」、Nossaさんが経験してみたいなあなんて危険な発言?をしていましたが。) 

禁断な恋の是非はともかく、私がこの言葉をご紹介したのは、この時期だから。そう、梅の花が咲き始めるこの時期ですし、受験シーズンまっただ中なこの時期だからこそなんです。頑張ってきたはずなのに、なんだか自信がなくなってしまったり、周りの奴の方が頭が良さそうに見えてしまう。誰もに等しくある試練なのに、自分だけが苦しく思えてしまう。

私たちの目を楽しませてくれる秋の楓の鮮やかな色づきも、木枯らしや霜が厳しい年の翌秋にはより鮮やかになります。早春の訪れを告げる梅の花のほのかな香りも、雪や厳しい冷え込みがその甘さを印象づけてくれます。玉(ぎょく)は、ふじさん流では「人間の生来持つ優しさ」のことなんじゃないかと思うんです。

受験を例にするなら、「第一志望に合格したい!」「○○ちゃんと同じ学校に進みたい!」というような試練。価値ある成功を得るためには、「人間の生来持つ優しさ」=頑張って努力して成果を生み出す力を信じて進んでいきたいですね。

(今回はふじさんが小学館『中学教育』に12年前に書かせていただいた文章を参考にお話ししました。)

2010年1月3日日曜日

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。



今年も懲りずに(?)Rita-iotaのポーザテンポに出没して、コトノハフォレストをお届けできることになりました。

一年の計は元旦にありと申しますが、みなさんは「アケオメ」「コトヨロ」なんて言わなかったですよね。

やはり一年の始めには、背筋を伸ばして、

あけましておめでとうございます

って言うのが気持ちが引き締まって、スタートするぞという気持ちになります。

私ふじさんは年始回りの後、こんな素敵な夜景を楽しんできました。
寒さが強まるほどに星空やイルミネーションが鮮やかになってくるものです。こんな夜景を見て「きれ~い!」と素直に言える感動を忘れない一年にしたいものです。

では、次回のポーザテンポ内「コトノハフォレスト」でお耳にかかりましょう。

2009年12月23日水曜日

クリスマスは世界を照らす魔法の杖

レギュラー放送でのコトノハ フォレストが数日前に終わったばかりでしたが、本日放送のクリスマス特番「クリスマスだよ、Pausa Tempo」にも準レギュラーとして参加させていただきました。日本橋界隈のイルミネーション中継やら、朗読「スリーピング・スリー」やらと2時間の特番を走り回らせていただきました。
そんなわけで、クリスマス特番のためのコトノハを用意させていただきました。

クリスマスは世界を照らす魔法の杖

ノーマン・ヴィンセント・ピエールさんのクリスマスならではの名言です。直訳せずにふじさん流にアレンジをさせていただきました。オリジナルはこちらです。
Christmas waves a magic wand over this world,
and behold, everything is softer and more beautiful.

(クリスマスは世界を照らす魔法の杖。みてごらん、何もかもがふんわりと美しい。)
子どもの頃から私たちは魔法に力づけられてきました。(アッコちゃんあり、サリーちゃんあり・・・) クリスマスのイルミネーションも、私たちの心を優しくしてくれる魔法かもしれません。 
まるでクリスマスという魔法の杖が、私たちの悩みや友情、愛情、喜びを分かち合えるようにしてくれるのでしょうか。 

NOSSAさん曰く、「365日クリスマスだという思いがあるなら、世界は戦争ををやめられますよね」。そそんなことを思えるほど、クリスマスには不思議な魔法があります。

みなさんの元にも、もうすぐクリスマスの魔法が届きますように。また来年も番組の中でふじさんが集めてきたコトノハをご紹介してまいります。
Merry Christmas!


2009年12月20日日曜日

迷惑はかけるもの

今年最後のレギュラー放送でのコトノハ フォレストをお届けしました。今日はNOSSA氏書き下ろしの朗読『最後のケーキ』にも参加させていただきました。
そんな今日のオンエアでのコトノハは・・・

迷惑はかけるもの

かつての同僚で、現在群馬県の私立中学校で活躍している星野さんからこんなはがきをもらったのが7年前。以来年賀状のように束ねないで、机の引き出しにいつも入れてあるはがきなんです。こんなメッセージが書かれていました。

この学校では、ためになる話が沢山聞けます。校長がお坊さんですので。
「人間は生きている以上、他人に迷惑をかけるものだ。だからどういうお返しができるかを考えなさい。」 インドの家庭教育だそうです。「人に迷惑をかけないように」ではないのですね。

絵はがきの下半分に凝縮されたメッセージに、はがきを手にとっていただいたRitaさんも感激のため息をついていましたね。

もちろん故意に、意図的にに他人に迷惑をかけることはよくないことです。しかし無意識のうちにかけている迷惑というものがある。それに気がつける自分であるかどうかが、まず大切なことですね。「迷惑をかけちゃいけない、いけない」と自分の心に鍵をかけるのではなく、お返しができる自分でいなければならないなと、僕は思います。プレゼントをあげてもよいし、ありがとうと言うだけでもよい。微笑みかけるだけでもいいかもしれません。

Rita iotaが『東京DOGS』の音楽で大活躍された月9ドラマで、『コード・ブルー』というドクターヘリを題材にした若手ドクターたちの成長を描いたドラマが放送されました。ドクター役を務めた新垣結衣さん演じる白石恵が、自分をかばったために上司が腕の切断を余儀なくされ、辛い気持ちを母親に電話で話した場面があります。お母さんはただ、「人に迷惑をかけるなって言って育ててしまったけど、迷惑かけたっていいんだよ」って伝えたのだそうです。

大なり小なり、僕らの日々の営みは誰かに迷惑をかけることで成り立っているんでしょうね。だからこそ、一年を振り返って恩返しができる自分でありたいなあと思う、一年最後のコトノハ フォレストでした。

2009年12月6日日曜日

「ありがとう」は「有難し」

コトノハ フォレストも今日のオンエアで14回目となりました。そんな今回のコトノハは・・・?

「ありがとう」は「有難し」

数年前に転職で都会の学校に勤めるようになったとき、若い教員や高校生がある言葉を口にするのを聞いて、ショックを受けました。その言葉とは「あざーす」。いかにふじさんが芸能界ネタに疎かったかがおわかりいただけるでしょうか。
インターネットの「はてなキーワード」によれば、こんな解説が。

挨拶。「ありがとうございます」の意。
若手芸人が先輩芸人、プロデューサーなどスタッフに対して最敬礼をしながら発する。
○○○が上手い。言い出したのは●●●と言われるが、一方で□□□がもっと前から使っていたとも言われている。

NOSSA氏ともども、「あざーす、好きじゃないよね」と放送中にもお話ししました。
芸人さんの楽しい話し方に水を差すつもりはありませんが、「ありがとう」は本来「有難し」から生まれたことばですよね。

有難し」、つまり有ることが難しい。だから「めったにないことだから、心が喜ぶ。そう思うほどの貴重な体験をさせてくれたことに対して、尊敬の念を伝える」のが、「ありがとう」なんです。

確かに挨拶も何もしないで携帯電話やゲーム機に黙々と夢中になっているよりは、何かことばでつたえることは悪いことではないと思います。でも「あざーす」はないでしょう。同じように「こんにちは」の代わりに「ちーっす」と聞くだけで、がっかりしてしまうのはふじさんだけでしょうか。

ありがとう」と言うのは、本当に勇気がいることです。中央エフエムで「コトノハ フォレスト」というコーナーをいただいていることも、ふじさんにとっては有難いことです。

放送ではNOSSA氏が、「電車の定期券を拾って駅に届けたら、『ああ、そうですか』と言われて悲しくなった」というエピソードも紹介していただきました。
こうやって放送でお話ししながら、改めて「ありがとう」ということばを大切にしたいなと思いました。